第二章 無職透明号
一
吾輩はいま自動車というそこそこ便利な機械で移動している。この便利な機械はいまごろ水浸しの床を掃除しているに違いない両親が所有しているものである。言うまでもないが両親のものは吾輩のものであり、吾輩のものは吾輩のものである。誤解してもらっては困るが、自動車といっても自分から動くわけではない。吾輩が注意深く操作しないと走ったり曲ったりはしない。そのうえ動かすためにはかなりの量の液体燃料を必要とするのである。この点に吾輩は大いに不満である。
いまどこへ向かっているのかは吾輩にも分からない。きのう友達になった三竹君の住んでいるところにでも行きたいが、三竹君がどこに住んでいるのか分からない。連絡先も聞かなかった。しかたないので市立図書館にでも行こうと思う。この小説の作者は単純だから都合よくいてくれるに違いない。
あんのじょう三竹君はきのうとまったく同じ場所で同じ本を同じ顔つきで読んでいた。
「よお、ハジメ、どうしてる?」と吾輩。
「おおサトシか、いまからヌッポン一周でもしないか?」と三竹君。
「いいねやろう、俺さっき親と喧嘩して家出してきたんだよ、もう帰るところがないんだ」と吾輩。
「親なんか捨てちまえよ、いま俺はワンルーム住まいで、親の顔は五年くらい見てない」と三竹君。
「無職だろ? どうして生活できてるの?」と吾輩。
「生活に必要なだけのカネを親に振り込ませているからに決まってるだろ」と三竹君。
「小言とか言われないの?」と吾輩。
「おいおい、あたま大丈夫か? どうして俺が小言を食らわないといけないんだ? 小言を並べるべきなのはむしろ被害者である俺だろ、やつらは加害者、腰ふって勝手に俺をこんな世界に産み落としたんだから、まあ賠償金みたいなものだな」と三竹君。
「そうか、そこまで冷徹に考えたことはなかった、でも俺もときどき似たようなことをぼんやりとは考えていた、、、、俺も賠償金請求しようかな、しょうがい健康で文化的な生活を送れるだけのカネを寄こせと」と吾輩。
「本人の同意なしになぜ僕を産んだ、と親を提訴したインド人の記事を以前読んだことがある、まあ半分は冗談のつもりなんだろうけど、いずれ人類がもう少し賢く慎重になればこんな提訴が世界中で続々と起こるかもね、ミートゥー運動みたいに」と三竹君。
「むしろいままでこの種のことが無かったことのほうが不思議だね、世の中ってアホばかりなのかも」と吾輩。
「いまごろ気付いたのか? お前もかなりのアホだな、俺なんか中学二年のころには人間の大半がアホでクズだってことに気付いていたよ、だから友達もいなかった、ぜんぜん話が合わないからね」と三竹君。
「まさしく中二病じゃん」と吾輩。
「中二病的な発想って実は論理的にはかなり正しいんだよ、だから思考停止したオトナたちはこぞってバカにしたがるんだ」と三竹君。
「肝心な問題に鈍感になった人間のことを世間ではオトナっていうのかもね」と吾輩。
「そうじゃないと社畜になんかれないよ、オトナ特有の貧相な不潔さってあるだろ、家庭だの会社だのに長く囲い込まれているとああなるんだよきっと」と三竹君。
蛍の光が流れている。もともとこれはスコットランドの民謡である。もう閉館だ。吾輩たちは図書館を出た。
二
「とりあえず無職透明号でいいだろう」と三竹君はシートベルトを締めながら言う。
「なにが?」と吾輩はイグニッションキーを回しながらたずねる。
「これからヌッポン一周するこの自動車の名前だよ」と三竹君。
「名前なんて付ける必要ある?」と吾輩。
「なんか名前あった方がいいじゃん、ゆたぼんのスタディ号みたいに」と三竹君
「だれそれ?」と吾輩。
「少年革命家らしい、前たまたまユーチューブでしゃべりちらしているのを見た」と三竹君。
「革命家なんてまだいたんだね どんな革命目指してるの?」と吾輩。
「学校なんて行かなくていいとか言ってるみたい」と三竹君。
「平凡だね」と吾輩。
「革命家を自称したがる連中なんてみんな平凡なもんだよ、だから一部に受けるんだ、それにくらべて哲学者は孤独だよ、そんな単純には物事を考えられないから、だから同情を得られない」と三竹君。
「君は哲学者のつもりなのか?」と吾輩。
「俺が哲学者じゃなかったらいったい誰が哲学者なんだ? 俺が人間嫌いなのは俺が哲学者だからだ」と三竹君。
「もうそれいじょう言わないでくれ、聞いてるこっちが恥ずかしくなるから」と吾輩。
「ところで遅く走りすぎじゃないのか? うしろの車にぴったり張り付かれてるじゃないか」と三竹君。
「法定速度を守ってるだけだ、ああいう無礼な車は無視すればいいんだ」と吾輩。
「月が綺麗だ、ポンデリングが食べたいな、黒糖のやつ」と三竹君。
「俺もお腹が空いた」と吾輩。
「自分がものを食わないと生きられない動物であることに人々はもっと嘆いていいはずだ」と三竹君。
「俺はけっこう嘆いてきたほうだよ」と吾輩。
「このことに嘆くことの出来ない人間とはたぶん俺は親友になれない」と三竹君。
「だいじょうぶ、僕たちは健全なペシミズムで結ばれているよ、生まれるときは別々だがしぬときは別々だ」と吾輩。
国道210号線沿いに都合よくミスタードーナツがあらわれたので吾輩たちはそこで腹ごしらえをすることにした。
三
「じつは俺、人と話してるときなんかでも急に抑鬱に襲われて泣いてしまうことがある、びっくりさせるといけないから、あらかじめ言っておくよ」と三竹君は黒糖ポンデリングをかじりながら告白した。
「泣きたいときは泣けばいい」と吾輩。
「J-POPの歌詞じゃん」と三竹君。
「眠れない夜、君の姿が眼に浮かぶ、会いたい会いたい会いたい」と吾輩。
「ところでお前はどう見てもサトシって顔じゃない、こんどからはヨシノブって呼ぶ」と三竹君。
「そんなコロコロ変えたら読者がたいへんだよ」と吾輩。
「いいよ、どうせほとんどいないんだから、ところで今回は俺がおごるから心配するな」と三竹君。
「だいじょうぶ、こっちは最初からぜんぶおごってもらう気でいるから、気をつかわなくていいよ、だいいち俺いま一文無しだし、あとこの旅行中の食事代とかガソリン代とかもぜんぶ任せるよ」と吾輩。
「OK、あとで親に十五万ほど振り込ませるよ、ところで俺はさいきん現金は持ち歩かないんだ」と三竹君。
「キャッシュレス決済ってやつ?」と吾輩。
「そう、おかげで英世や諭吉のツラを見ないで済む」と三竹君。
「あとでコーヒーも注文していい? ここおかわり自由なんだよね?」と吾輩。
「いいよ、君はドライバーなんだからたっぷりカフェインを注入してくれ」と三竹君。
「二人称を<お前>か<君>かのどっちかに統一したほうが小説的にはいいんじゃない?」と吾輩。
「いや小説的には統一しないほうがいいんだ、<君>の方がリズム的にいいときもあるし、<お前>の方がいいときもある、要は収まりの問題だよ」と三竹君。
「ところでこれからどこに行く?」と吾輩。
「世界の果てまで行こう、誰もいないところに、そこにニートだけの国をつくろう、俺は初代国王になる」と三竹君。
「おいおい、どうしてそんな少年的野望をいまさら聞かされないといけないんだよ、それはニートなら誰でも一度は抱いてしまう夢じゃないか、そんな凡庸な空想とはもうとっくにオサラバしてると思ってたよ」と吾輩。
「野望を捨てたら人間おわりだよ、しんだ魚のような眼になる」と三竹君。
「だいたいニートだけの国って何なんだよ、まず国として成立しないだろ、生産者もいないし、首相や裁判官からしてニートなんだから」と吾輩。
「そんなガチのツッコミするなよ、興が醒める、<ありえない国>だからこそ建国に値するんじゃないか、電車やオフィスや工場に押し込まれている労働者の群れを見てみろ、作業着が囚人服に、ネクタイが犬の首輪に見えてこないか」と三竹君。
「またずいぶん陳腐なセリフだね」と吾輩。
「実はもうニート国の憲法草案を作ってあるんだ、こんど読んで意見を聞かせてくれ、君は首相兼財務大臣なんだから」と三竹君。
「まだ国土も決まってないのに」と吾輩。
「夢を実現するためには細部への想像力が必要なんだ」と三竹君。
「なんか安い啓発本みたいなことも言いだしたぞ、君ちょっと落ち着いてくれ、このままだと友情にヒビが入りそうだ」と吾輩。
「そうだ、これからヌッポンを一周しながらニート国の民を集めようじゃないか」と三竹君。
「どうやってニートを見つけるの?」と吾輩。
「さいきんニート用のSNSを見つけたんだ、俺もいちおうアカウントを持っている、これで津々浦々のニートに呼びかけよう、【急募】新国家の民を求む!みたいな感じで」と三竹君。
「そんな募集文に反応してノコノコやって来るのはたぶん頭おかしいのばかりだよ、もっとも募集するやつがいちばん頭おかしいんだけど」と吾輩。
「だからそんな興醒めなことは言うなって、コーヒーでも飲んでもっとハイになれ」と三竹君は席を立ちコーヒーを注文しに行った。
四
「ところで天皇にはニートになる自由とかあるのかな?」と三竹君はコーヒーを両手に持って戻ってくる。
「とつぜん話題変わるんだね、天皇・皇族は<国民>ではない、という学説もあると学生時代に聞いたことがある、だいたい憲法で決められた国事行為しか出来ないんでしょ、とうぜん職業選択の自由なんてない、ついでにいうと選挙権も被選挙権もない」と吾輩。
「ニートは職業じゃなくてただの状態だから、精神不調を理由に公務を一切やらない、ということはじゅうぶんにありえそう」と三竹君。
「天皇はハンパなく激務らしいよ」と吾輩。
「ヌッポン国の象徴でありヌッポン国民統合の象徴であるらしい天皇がもしニートになれば、俺らへの風当たりもわりとよくなるんじゃないの」と三竹君。
「なるほど、ニートといっても三十五歳以上なら高齢ニートだけどね、ヌッポンは天皇からしてあくせく働いてるもんな、働かされているといったほうがいいか、こんな面倒くせえことやりたくねえよって言わないもんね」と吾輩。
「いやふつうに側近とかには言ってるのかもしれないよ、俺が天皇ならサボりまくりだろうね」と三竹君。
「忠良なる汝臣民に告ぐ、もっとサボりなさい、やりたくないことは決してやらないように、とか玉音放送しそう」と吾輩。
「ああきっとやるよ、<天皇だけど質問ある?>なんてスレも立てたいね、そういえば天皇に手紙渡した議員いたでしょ、俺も全国のニートを代表して天皇に手紙を渡したいんだ」と三竹君。
「どこで? 園遊会になんか招待されないだろ、だいたい何を伝えたいんだよ」と吾輩。
「さっき言ったニート国の構想に決まってるだろ、ヌッポンからの独立国として正式に承認してほしいんだ」と三竹君。
「するはずないじゃん、だいたい天皇個人にはそんな力はない」と吾輩。
「まあ天皇のことはともかく、いわゆるモンテビデオ条約の第一条で定められた国家要件は、<永久的住民><明確な領域><政府><外交能力>の四つだ、一番大事なのはやっぱり住民なんだよ、だからこれから集めるんだ、国土は探せば見つかるだろ」と三竹君。
「もうこれ以上君の誇大妄想には付き合いきれない」と吾輩は呆れる素振り。
「どこが誇大妄想なんだ、ニートを就労させることに比べればはるかに現実味がある話だろ、もし俺が誇大妄想狂ならニートを働かせたがっている奴らも同じくらいに誇大妄想狂だ」と三竹君は声を荒らげる。
「むちゃくちゃだよ」と吾輩。
「むちゃくちゃなもんか、だいたい国王にむかってお前はいちいち無礼だぞ」と三竹君はもっと声を荒らげる。
「まだ即位してないだろ」と吾輩。
「あのー」と女の店員。「ほかのお客様のご迷惑になりますので」
吾輩たちは赤面しながら店を出た。
五
「人間を働いているか働いていないかで分けるのは、鯛をその鱗の枚数が奇数か偶数かで分けるのと同じくらいに無意味だ」とシートベルトを締めながら三竹君。
「でも国家経済的には無意味じゃないでしょ?」とイグニッションキーを回しながら吾輩。
「なんで俺がそんなクソ国家の下らない分類法を気にしないといけないんだ?」と三竹君。
「気にしてるの? もしかりにカネを得るために労働したりカネを使ってものを入手したりする人間がいなくなったら、たぶん国や自治体の存続はそうとう危うくなるだろうね」と吾輩。
「国なんてそもそもどこに存在しているんだ? ヌッポンなんて見たことあるか? 触ったことがあるか? それはひとつ共同幻想だろ? たぶん政府という運営組織は何らかのかたちで実在してはいるんだろうけど」と三竹君。
「なんであれあると思えばあるということになるんだよ、多くの人間が自分のことをヌッポン国民だと信じればそこにヌッポンが立ち現れるんだ」と吾輩。
「俺は自分のことをヌッポン国民だと思ったことがない」と三竹君。
「じゃあなんだと思ってる?」と吾輩。
「宇宙市民」と三竹君。
「世界市民を一気に飛び越えたね」と吾輩。
「そう、だから国家だの民族だのというみみっちい議論にはもういい加減ウンザリしているんだ、何度でも言うが俺は<生命の再生産>を倫理的にも美学的にも許容できない、この残酷で醜悪な宇宙にわざわざ苦痛感受能力のある他者個体を生み出していい正当な理由など一つも存在しない、だから俺からすれば全ての親はクソ親なんだ」と三竹君。
「その話は荒れそうだからまたあとにしようよ」と吾輩。
「とりあえずまずは人々に賃金労働を止めさせよう、すべてはそれからだ、ヌッポンにはニートが少なすぎる、そもそも俺たちニートが白眼視されるのは世の労働者どもが真面目過ぎるからじゃないか」と三竹君。
「ずいぶんだいたんに矛先を転じたね、食わせてもらっている人間が食わしている側を批判するなんて」と吾輩。
「いや違う、あいつらは働かない人間を見下したいがために働いてるんだ、逆にいうと見下されないためにこそ働いてるんだ、だから俺たちに感謝するべきだ」と三竹君。
「たぶんそれは違う」と吾輩。
「斎藤環の『家族の痕跡』にこんな詩が紹介されていた、匿名掲示板で見つけたらしい」と三竹君はスマホを取り出し朗読する。
「ああ、今日も会社に泊まりこみで仕事だよ」
と
疲れた声で言う
職業人は
謝れ
全ての「だめなヤツ」に
細い声で
謝れ
「ああ、忙しい忙しい」
と
朝早く出てゆくひと
乗り換えの駅で朝食をかっこみ
後続列車に乗ってゆく
職業人は
謝れ
手をついて
謝れ
「これを読んで反発を覚えない人のほうが少ないだろうね」と吾輩。
「本当は好きで働いているくせに働いてない人間をバカにするような連中の自己欺瞞を俺は許さない」と三竹君。
「これからどうする? とりあえず国道210号線をずっと走ってるわけだけど」と吾輩。
「俺がニート国家を本気で作ろうとしているなんて、まさか思ってないよな?」と三竹君。
「うん、君はたぶんそこまでバカじゃない、だいたい統治とか経済とか、そんなの嫌いでしょ」と吾輩。
「大嫌いだ、人間の集団なんて考えただけ反吐が出る、統治も経済も欠乏も情欲も存在しない世界に俺は行きたい、この人間地獄の外に出たい」と三竹君。
無職透明号は深夜の国道を走り続ける。
六
「ニートであることは不便である、しかし不幸ではない」と三竹君。
「乙武洋匡?」と吾輩。
「しかし人間であることは明らかに不幸なことだ、肉体と人間社会の両方に軟禁されているようなものだから、しかもそこから脱するのにも多大の苦痛が伴う、ほとんどの馬鹿なポジティブ人間はそのことをあえて見ようとしていない」と三竹君。
「馬鹿だから仕方ないよ、馬鹿であることを理由に馬鹿を責めるのはよくない、ダチョウになぜ飛べないんだと怒ってもはじまらないでしょ」と吾輩。
「ペシミストがペシミストなのはそうでない人間よりもただ<現実の残酷さ>を精確に見ているからだ、といった人がいる」と三竹君。
「たぶんそうなんだろう、ペシミストを鬱病患者に置き換えても同じだろうね」と吾輩。
「なのにそれはいつも俺たちの<生き方の問題>に矮小化されてしまう、<カネを稼げばどうにかなるよ>とか<もっと明るくいこうぜ>とかクソバイスしてくる」と三竹君。
「やつらのポジティブさには何か生物学的な必然性があるのかな」と吾輩。
「なにごとにもポジティブじゃなければ労働したり生殖によって増えることが難しくなるから、生物はもともと自己欺瞞的に出来ているとは言えそうだ」と三竹君。
「そしてその自己欺瞞を逃れうる理性的生物がニートだと?」と吾輩。
「そう、でもニートにも馬鹿で鈍感なのが一杯いる、ほんとうはすべてのニートが俺みたいなインテリニートになればいいのに」と三竹君。
「なかなか恥ずかしいことを言ってるよ君」と吾輩。
「いいんだよ、謙虚さなんて凡人にこそふさわしいんだ」と三竹君。
「君みたいのがニート代表のオピニオンリーダーになるとただでさえ低いニートの好感度がだだ下がりするだろね」と吾輩。
「どうしてだよ、ニートにも思想家がいたのかってなって、むしろ見直すんじゃないかな、といってもあんなポジティブ馬鹿どもになんかに見直されたくないけどね」と三竹君。
「そんなことばっかり言ってると、やつらにネガティブ馬鹿とか言われるよ」と吾輩。
「一〇〇万歩譲って仮に俺がそのネガティブ馬鹿であったとしても、あのポジティブ馬鹿どもよりはずっと無害だよ、あいつらは平気で子作りしてこの世界の苦痛量を増大させる一方なんだから」と三竹君。
「君の反出生主義はもう分かったから」と吾輩。
「いやたぶん分かっていないと思う、生殖行為の孕む暴力性をほんとうに理解している人はじつは驚くほど少ない、たぶん君も<そうは言ったって生き物の体の構造がそうなっているんだから仕方ないじゃん>とか思っているに違いない、でも俺は怒らない、そういう反応には慣れているから」と三竹君。
「ちょっと待ってくれよ、俺も間違いなく子作りはヤバいことだとは思っている、でもそのヤバさを君のように理論的に説明することが出来ない、だからどうしても人前で堂々と熱心に主張する気にはなれないんだ、いつか子供を持ちたいとか無邪気に考えている夫婦の前なんかでは特に」と吾輩。
「わざわざ主張なんかしなくてもいいよ、どうせそんなポジティブ馬鹿には何を言っても通じないんだから」と三竹君。
「でもそれでは世界の苦痛の量は減らないだろ? 世の中はポジ馬鹿の方が圧倒的に多いんだから」と吾輩。
「俺たちは最初から分が悪い、繁殖するのはほとんどポジ馬鹿だから」と三竹君。
「ちょっと眠くなってきた」と吾輩。
「俺もだ、どっか道の駅みたいなところで寝ようか」と三竹君。
「こんな狭い車なんかで寝たくないよ、どっかのビジネスホテルにしよう、君お金あるんだろ?」と吾輩。
「あるよ、でも現金はない、コンビニで下ろしておいたほうがいいかな」と三竹君。
「べつにいいよ、まだそんな細かい設定を覚えていたのか、君が現金を持ってないことなんて読者はたぶんほとんど忘れているよ」と吾輩。
「そうだな、しかしなんにもないところだな、おい、あそこのハワイアンってのはホテルだろ? あの赤く光ってるやつ」と三竹君。
「あれはどうみても大人の男女が乳繰り合ったり腰を振ったりする場所だよ」と吾輩。
「もうあそこでいいよ、寝られればどこでもいい」と三竹君。
「そうだね」と吾輩。
無職透明号は左折し、電飾まみれのけばけばしいアーチをくぐった。
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